―― これはひとりの少女! ―― その乳房はどこにある?
―― これはひとりの少女! ―― 何を話している?
―― これはひとりの少女! ―― 何して遊んでいる?
―― これはひとりの少女!, 私の欲しいもの!
Hans Bellmer (ハンス・ベルメール)
1902年ポーランドのカトヴィツェ(Katowice、当時はドイツ帝国領)生まれ、1975年没。
Hans Bellmer を初めて知った時、自分だけの特別な芸術家を発見したという気になり、ひとりでこっそりと、だけど心震えるほど興奮した、そういった思いをした人は大勢いることだろう。ボクもご多分に漏れず、幻想、異端、背徳、耽美、退廃、倒錯、錯乱、エロス、グロテスクといったものにどうしようもなく惹かれていた頃に出合ったものだから、自分の欲望をカタチにして突きつけられた感じがしたものだった。この世界にのめり込んでしまうと、もう後戻りできない場所まで行ってしまうのではないかという思いがめぐり、かなりドキドキしたのを憶えている。
作品の下の詩はボクが書いたもの、ではもちろんなく、フランスのダダイストであり、その後シュールレアリストとしても活動もしていた詩人のポール・エリュアール (Paul Éluard) が、ベルメールの人形作品に寄せて書いた 「人形の遊び "Les Jeux de la poupée"」 という14篇の散文詩の中の一篇。この散文詩は、1938年12月に書かれ、1939年に雑誌 "Messages" の第2号で発表された。この詩は、『イマージュの解剖学 "Petite anatomie de l'inconscient physique ou l'anatomie de l'image"』 の中にベルメールの人形に対応するかたちで収録されている。上で引用した詩の一篇は、ポストした作品の2点目に添えられているもの。
ポストした作品の3枚目に対応する詩だけが Wikipedia に項目としてあったので、こちらは原文と訳詩を一緒に引用しておこう。
Dans l’armoire aux enfants,
il y a des lumières enchantées,
un pistolet chargé qui inspire la terreur,
une fontaine transparente,
un bassin de pierre dont le trop-plein s’épand sur un lit d’opales,
un chasseur sans souliers,
une fille sans cheveux,
un bateau sur la mer et le marinier chante,
un cheval damassé,
un théâtre ambulant,
un grillon,
des plumes blanches tombées du nid des tourterelles,
de petits paniers creusés en cœur et pleins de crème rose,
une guitare qui fait des étincelles
et une robe qui restera toujours neuve.
子供たちの戸棚には、
魅惑の光がある。
弾をこめた怖じ気ふるうピストル、
澄んだ泉、滾れ落ちる水が
オパールの床に拡がる石の水盤、
靴を履かぬ狩人、
毛の無い女の子、
海上の船そして水夫は歌う、
綾織の馬、
旅回りの芝居小屋、
こおろぎ、
雉鳩の巣から落ちた白い羽根、
薔薇色のクリームのいっぱい詰まった、ハート型にくぼんだ小籠、
きらきら火花散るギター、
それから、いつまでも新調のままでいる衣装。
引用したエリュアールの二篇の詩の翻訳は、日本のシュルレアリスムを代表する詩人の一人である瀧口修造の手によるもので、改行は引用者が原詩にあわせて行った。
ところで、ハンス・ヴェルメールをご存知だろうか?ベルメールではなく、ヴェルメールを?
「そうして、わたしたちは街を歩きながら、買いたい品物を無数に持っていった。新しいドレスと靴、ヨット、皮の安楽椅子、ハンス・ヴェルメールの版画、わたしたちの専用電話 etc.。」
金井美恵子 『夜になっても遊びつづけろ』 収録の 「非所有の所有」 より
この一文で、後年、高校時代に金井美恵子を愛読していた浅田彰から、Bellmer をヴェルメールと書いて得意がるという厭味を言われてしまうことになる。
ボクも先日、知人がボンテージと言ったのに対して、つい、ボンテージじゃなくてボンデージだよ、「t」 じゃなくて 「d」 ね、とつい注意してしまった。大人気なかったとちょっぴり反省。聞き流せよ、オレ。
ハンス・ベルメール:日本への紹介と影響
Brian's Page of Antique Weirdness
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