Monday, June 8, 2009

Paolo Roversi Exhibition Information @ Camera Work




Paolo Roversi (パオロ・ロベルシ、パオロ・ロヴェルシ)
最初のエントリにも書いたように、Paolo Roversiの個展が開催される。
場所はドイツのベルリンにあるギャラリーCamera Work。
期間は、2009年の6月13日から2009年7月25日にかけて。
どれくらいの規模の展示会なのかは不明だが、展示予定の作品の一部をギャラリーで見ることができる。今回はその中からNatalia VodianovaとGuinevere van Seenusのポートレートをポストしてみよう。


June 13th 2009 Exhibition at Camera Work, Berlin
Ab dem 13. Juni 2009 bei CAMERA WORK


CAMERA WORK - Contemporary photography and vintage masterworks | Home
Kantstraße 149
10623 Berlin
Opening hours:
Tuesday to Saturday
11 a.m. to 6 p.m.
Admission free.
Tel.: +49 30 31 00 77 - 3
Fax: +49 30 31 00 77 50
http://www.camerawork.de/


意外とまとめる情報がなかった。

PAOLO ROVERSI


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Paolo Roversi × Natalia Vodianova - Elegance Report -





Paolo Roversi (パオロ・ロベルシ、パオロ・ロヴェルシ)
1947年イタリアのラヴェンナ生まれたパオロ・ロベルシは、十代で写真に熱中。大学卒業後、1970年からはAP通信社のために働き始める。この年、友人と最初のポートレートの撮影スタジオをオープンさせた。
翌年、ピーター・ナップ(Peter Knapp)との偶然の出会いがロベルシをパリへと導くことになる。
パリではまずリポーターとして働き始め、友人達との付き合いからファッションフォトの世界を知るようになった。
1974年から1年近くを英国のフォトグラファLawrence Sackmann(ローレンス・サックマン)の下でアシスタントを務め、多くのことを教わった。
そして1975年、パオロ・ロベルシは最初のファッションフォトを発表することになる。その作品が掲載されたのは、Depeche Mode誌だったという。
1979年にマリー・クレール誌のファッションフォトを撮影してからは制作活動の中心をスタジオにおいている。

Natalia Vodianova (Наталья Водянова、ナタリア・ボディアノヴァ)
1982年2月28日ロシアのニジニ・ノヴゴロドの貧しい地域で生まれ育った。家族は母親と姉妹がふたり。内ひとりは脳性麻痺を患っているという。そういったことが関係しているのかどうかは分からないが、イギリス在住の現在、フィランソロピスト(篤志家)としての活動をファッションモデル、女優の活動の傍らで行っている。

15歳でモデルエージェンシーに加入し、成功を得るために英語の勉強を始め、3ヶ月でマスターしたという。その後パリへと移住し、Viva Model Management Parisと契約。
先にポストしたアン・ヴィアリツィナ (Anne Vyalitsyna)とは同郷だってことに今気が付いた。

ロシア出身の一部のモデル、例えばこのナタリア・ボディアノヴァとかサーシャ・ピヴォヴァロヴァ(Sasha Pivovarova)を見ているとなぜかイタリアの往年の大女優クラウディア・カルディナーレ(Sasha Pivovarova)のことが頭に浮かんでくる。そんなに似ているとは思わないんだけど、何でだ?
ま、ナタリア・ボディアノヴァの場合は竹野内豊って線もあるかな。


Magazine: Vogue Italia
Issue: September 2002
Title: Elegance Report
Photographer: Paolo Roversi
Model: Natalia Vodianova


駆け足でPaolo Roversiの作品のひとつの傾向をポストしてみた。傾向から外れているものもあるので、傾向なんて言い方をするのは変なのだけど、細かいことは気にしないようにしているので、僕個人としては気にしていない。と、書いてしまう辺り、大いに気にしていることが窺える。ってイチイチ書かなきゃいいのにね。
こういった作品は今回ポストしたのと同じくらいまだ残っているので、ボチボチポストしてみたい。でも次は普通にカラーの作品をポストすると思うけど。

PAOLO ROVERSI
Natalia Vodianova Gallery | Elegance Report


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Paolo Roversi × Angela Lindvall - Portrait Portfolio Krizia -






Paolo Roversi (パオロ・ロベルシ、パオロ・ロヴェルシ)
1974年英国のフォトグラファLawrence Sackmann(ローレンス・サックマン)がロベルシをアシスタントとして雇う。ロベルシによると、このLawrence Sackmannというフォトグラファは非常に気難しい人物で、雇われたアシスタントは皆一週間かそこらもつのがやっとだったらしい。しかし、ロベルシはLawrence Sackmannには学ぶべき多くことが多くあると思いアシスタントを続け、Lawrence Sackmannはプロのフォトグラファになるために知っている必要のあることをすべてロベルシに教えてくれたのだそうだ。

Angela Lindvall (アンジェラ・リンドヴァル)
1979年1月14日オクラホマのミッドウェスト・シティ生まれ。ミズーリ州のジャクソン郡とカス郡にまたがる都市リーズ・サミットで育つ。14歳でモデルにスカウトされた。
アメリカのモデル、女優。

この"Portrait Portfolio Krizia"というシリーズは何か雰囲気があって好き。


Magazine: Vogue Italia
Issue: September 1997
Title: Portrait Portfolio Krizia
Photographer: Paolo Roversi
Model: Angela Lindvall


PAOLO ROVERSI
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Paolo Roversi × Anne Vyalitsyna - Paris en Couleur -


Paolo Roversi (パオロ・ロベルシ、パオロ・ロヴェルシ)
ロベルシは、パリでHuppert Agencyのたにリポーター(ルポルタージュ撮影をする写真家のことなのだろうか?)としての活動を開始する。
しかし、友人を通してファッション写真に接近し始めたが、まだファッションフォトグラフィについて多くの知識がなかったロベルシには、その時点ではまだリポーターとしての写真家の方に強い興味を持っていた。
その後、リチャード・アヴェドン(Richard Avedon)、アーヴィング・ペン(Irving Penn)、ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)、ギイ・ブルダン(Guy Bourdin)といったフォトグラファの作品を発見していくことになる。


Anne Vyalitsyna (アン・ヴィアリツィナ)
1986年3月19日ロシアのニジニ・ノヴゴロド生まれのファッションモデル。
15歳でモデルデビュー。

ロベルシはモデルをヴァンピーに仕立て上げようとしてたまに失敗するが、このシリーズのアン・ヴィアリツィナもちょっと微妙な感じ。ポストしたこの写真はいいんだけどなあ。
アン・ヴィアリツィナに関しては、Raymond Meier × Anne Vyalitsynaというエントリにまとめてあり、そのエントリにポストしたシリーズがアン・ヴィアリツィナが最もフォトジェニックに撮影されたシリーズのひとつではないかと個人的には思っている。


Magazine: Vogue Nippon
Issue: October 2002
Title: Paris en Couleur
Photographer: Paolo Roversi
Model: Anne Vyalitsyna


PAOLO ROVERSI
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Paolo Roversi × Noot Seear - Untitled 4 -





Paolo Roversi (パオロ・ロベルシ、パオロ・ロヴェルシ)
1947年イタリアのラヴェンナに生まれる。1973年以降パリを拠点に活動しているフォトグラファ。

Noot Seear (ヌート・シアー)
1983年10月5日カナダのバンクーバーで生まれる。本名はRenata Seear(レナタ・シアー)。
ファッションモデル、女優。
1996年にバンクーバーのショッピングモールでスカウトを受ける。この時まだ14歳だったという。早速地元でモデルとの活動を開始したが、1997年、より高いキャリアを求めてニューヨークへ移り住んだ。
キャットウォークデビューは1998年9月のNew York Fashion Weekでのこと。
現在は女優としてのキャリアを追及しているところで、ステファニー・メイヤー(Stephenie Meyer)のベストセラー小説『トワイライト "Twilight"』シリーズを映画化した"New Moon"にHeidi役で出演している。

ティーン・ノベルの『トワイライト』はイギリスにおいて『ハリー・ポッター』シリーズに次ぐ人気だそうで、ヴァンパイアもののラブストリーだという。翻訳が出ているらしい。読んでみるかな、とはちょっと言い辛いな。ヴァンパイアものはブラム・ストーカー(Bram Stoker)の『吸血鬼ドラキュラ "Dracula"』は別格として、その結末を改変した上で継いで書かれたキム・ニューマン(Kim Newman)の『ドラキュラ』シリーズ(Anno Dracula series)さえあればいいからなあ。続きを早く書いて下さい。

それはさておき、この"Untitled 4"は、記憶に沈んだ映画のワンシーンを思い出させるところがあって好きだな。


Magazine: i-D
Issue: Septembre 2000
Title: Untitled 4
Photographer: Paolo Roversi
Model: Noot Seear


PAOLO ROVERSI
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Paolo Roversi × Stella Tennant - Carnevale -




Paolo Roversi (パオロ・ロベルシ、パオロ・ロヴェルシ)
パオロ・ロベルシは、1947年イタリアのラヴェンナ生まれのフォトグラファで、現在はパリを拠点に活動している。

1970年にロベルシはAP通信社と協力関係を結び、AP通信社の依頼で写真を撮影するようになる。最初の依頼はヴェネチアでエズラパウンド(Ezra Pound)の葬式を取材することだったという。
また、この年に友人のGiancarlo Gramantieri と最初のポートレート撮影スタジオをラヴェンナ(Ravenna)のカヴール通り(via Cavour)にオープンさせ、地元の名士やその家族のポートレートを撮影し始めた。
1971年にラヴェンナで伝説的なアートディレクターのピーター・ナップ(Peter Knapp)に偶然出会う。その後ナップから招待を受けたロベルシは1973年11月にパリを訪問し、以後パリを拠点とするようになった。

Stella Tennant (ステラ・テナント)
1970年12月17日スコットランド生まれのファッションモデル。
母のエマ・キャヴェンディッシュはデヴォンシャー公家出身だそうで、ダイアナ元皇太子妃とも血縁関係にあるらしい(デヴォンシャー公家については、ある人物をポストする予定で準備は既に終わっている)。
セスコットランドのファイフにある町セント・アンドリューズのセント・レオナルズ高校を卒業後、ウィンチェスター美術学校(Winchester School of Art)へと進学し、彫刻を学ぶ。学校の友人が撮影した写真をファッション誌に送る。また、友人がファッションライターとして活躍し始めていたPlum Sykes(プラム・サイケス)をステラ・テナントに紹介。こういったことが重なりモデル業界に足を踏み入れた。

ステラ・テナントについて、麗人と表現しているのを検索で見かけたが、まさにそんな感じで凛々しい佇まいは、僕が女のコだったらメロメロだっただろう。


Magazine: W Magazine
Issue: March 2002
Title: Carnevale
Photographer: Paolo Roversi
Model: Stella Tennant


PAOLO ROVERSI
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Paolo Roversi × Eugenia Volodina - Checkmate -


Paolo Roversi (パオロ・ロベルシ、パオロ・ロヴェルシ)が青春時代に読んでいた本というのがWikipediaのイタリア版に記されている。
どういった人の本を読んでいたのかというと、まずは、イタリア・ルネサンス期の詩人フランチェスコ・ペトラルカ(Francesco Petrarca)。岩波文庫に『ルネサンス書簡集』や『わが秘密』といった翻訳があるので、手に取ったことがある方も多いだろう。
ついで、イタリアの詩人で随筆家、哲学者、文献学者であったジャコモ・レオパルディ(Giacomo Leopardi)。すみません、全く存じ上げない方です。一応『カンティ Canti』という代表作をまとめた翻訳が名古屋大学出版会からでている。
そして、エウジェーニオ・モンターレ(Eugenio Montale)というイタリアの詩人、小説家、編集者、翻訳家。1975年度のノーベル文学賞受賞者でもある。ノーベル賞までとっているのに今まで聞いたこともなかった。Wikipediaを見ていて、文芸カフェでカルロ・エミリオ・ガッダ(Carlo Emilio Gadda)と知り合うという部分を読んで、誰か『メルラーナ街の怖るべき混乱 "Quer pasticciaccio brutto de via Merulana"』を譲ってくれー、と叫びたくなった。山形浩生が翻訳をスキャナで取り込んでpdf化してくれているんだけど、やっぱり本が欲しい。
脱線してしまったが、こういったある種の教養に根ざした本ばかりでなく、アメリカのビートニク、ジャック・ケルアック(Jack Kerouac)やアレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg)の本も読んでいたという。

また、1968年頃はボローニャで学生をしていて、一緒に学んだ中にはウンベルト・エーコ(Umberto Eco)がいたという。普通このふたりを一緒に思い浮かべたりしないよね。

Eugenia Volodina (ユージニア・ヴォロディーナ)
ロシアに属するタタールスタン共和国(Татарстан Республикасы、Республика Татарстан、リスプーブリカ・タタルスターン、タタルスタン、タタルスターン)の首都カザン(Qazan、Казань、カザーニ)出身のファッションモデル。
1998年にロシアのキャスティングエージェンシーの公募に参加。その時は優勝を逃すものの、2000年にパリのモデルエージェンシーから誘いを受け、パリへ移住。以後モデルとしてのキャリアを積んでいくことになった。


Magazine: Vogue Nippon
Issue: September 2004
Title: Checkmate
Photographer: Paolo Roversi
Model: Eugenia Volodina
Stylist: Joanne Blades


PAOLO ROVERSI
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