Thursday, June 29, 2006

Giovanni Gastel











Giovanni Gastel (ジョヴァンニ・ガステル)
1955年12月27日にミラノ () で7人兄弟の末っ子として生まれた。
フォトグラファ。

映画監督ルキノ・ヴィスコンティ  (Luchino Visconti) の甥に当たる。

1967年、12歳で芸術的な才能を示し始め、実験的な劇団に加わり、17歳までそこで活動をした。
詩への情熱も持ち合わせていたジョヴァンニ・ガステルは、 当時、『カスバ (Casbah)』 と呼ばれる詩集も発表している。
ガステルが写真と出合ったのは1970年代になってからのことで、しばらくの間見習いとして技術の習得に努めた。
1975年から1976年にかけ、オークションハウスのクリスティで働き、この期間に結婚式の写真やポートレイト、キッズ・ファッションを撮影し、更なる経験を積んでいる。
転機が訪れたのは1981年、エージェントのカルラ・ギグリエリ (Carla Ghiglieri) がガステルをファッションの世界へと導いてからのことで、Annabella 誌 でフォトグラファとして本格的なキャリアをスタートさせ、1982年には 『ヴォーグ・イタリア (Vogue Italia)』 で活動するまでになり、エディモーダ社 (Edimoda) のディレクター、フラヴィオ・ルッキーニ (Flavio Lucchini) やジゼッラ・ボルミオリ (Gisella Borioli) と出会ったおかげで 『モンドウオモ (Mondo Uomo)』 や 『ドンナ (Donna)』 といったファッション誌でも活動する機会を得、その後活動の場を世界に広げ、特にパリのファッション誌とコラボレートする機会が増えていった。

1980年代中期には、自身のスタジオ Gastel&Associati を設立し、後進の若いフォトグラファの育成にも取り組んでいる。

ガステルが参照にするのは、1970年代初期から足繁く通ったミラノのロトンダ・デッラ・ベサーナ (Rotonda della Besana) ――バロック後期の建築物で、それを美術館として利用している――の展示で見る機会の多かったポップアート、そしてアーヴィング・ペン (Irving Penn) だという。
また、芸術好きの母親のおかげで思春期から触れることの多かったルネッサンス芸術の研究がインスピレーションの源で、優雅さの理想に絶えず引き戻されているとのこと。


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