ゴングのように鳴りわたる時間、縁からあふれるほどにそこを満たす滝、
渦巻き、いなごの群れ、雲、銀河、埃、物音、事件、あれこれ、あれそれ、etc、etc、etc......
Friday, May 12, 2006
Juergen Teller × Kate Moss - Yves Saint Laurent 1997 Ad Campaign -
Juergen Teller (Jürgen Teller、ユルゲン・テラー)
1964年にドイツ南部にあるバイエルン自由州 (Freistaat Bayern) 北部の地方都市エアランゲン (Erlangen) で、チェコスロバキア系の楽器職人の家庭に生まれた。
ファッションフォトグラファ。
親戚一同楽器職人で、周囲はヴァイオリンやギターのパーツを作っている人ばかりだったという。
そんな環境で育ったこともあり、学校卒業後は自然と楽器職人の弟子となったが、生憎、楽器のパーツ制作時に扱うある木材がテラーのアレルギーの原因であったことから、楽器職人の道を諦めざるを得なくなった。
テラーがカメラを手にしたのはそんな挫折を経験した後のことで、1984年、ミュンヘン国立写真デザインアカデミー (Staatliche Fachakademie für Fotodesign München) へと進んだ。
1986年、アカデミーを卒業したテラーは、自分の進むべき道を求めてロンドンへ移住。
ニック・ナイト (Nick Knight) に学生時代に撮りためた写真を見せたところ、ニック・ナイトは既に自分の世界を持っているテラーは自分のアシスタントとして雇うよりも、すぐに自分のキャリアを始めた方がよいと感じ、雑誌やレコード会社のADを紹介。
こうしてユルゲン・テラーのキャリアはスタートしたのである。
STUDIO VOICE の1994年11月号 『写真のX世代 ユルゲン・テラーと90年代の新鋭』 に中原聡子によるユルゲン・テラーへのインタビュー記事があり、上のプロフィールはそちらを参考にさせてもらった。
Kate Moss (ケイト・モス)
1974年1月16日にグレーター・ロンドン (Greater London、大ロンドン) 南部にあるクロイドン (Croydon) のアディスコーム (Addiscombe) で生まれた。
ファッションモデル。
ロンドンの旅行代理店勤務の父、バーのホステスの母、そして弟という家族構成であったが、ケイト・モスが13歳の時に両親は離婚している。
クロイドンのパーレイ (Purley) にあるリッジウェイ小学校 (Ridgeway Primary School)、リドルスダウン中高一貫校 (Riddlesdown Collegiate) で教育を受けた。
1988年、当時14歳だったケイト・モスはバハマでのバカンスからの帰りでニューヨークのJFK国際空港にいたところ、ストーム・モデル・マネージメント (Storm Model Management) 創設者のサラ・ドゥーカス (Sarah Doukas) にスカウトされた。
16歳、モデルとしての初仕事は 『ザ・フェイス』 誌の表紙とエディトリアル "The 3rd Summer of Love" で、撮影をコリーヌ・デイ (Corinne Day) が、スタイリストはメラニー・ワード (Melanie Ward) が担当し、モノクロで撮影されたこれらの写真でファッションモデルの世界に新しい時代を到来させるものとなった。
その後、ケイト・モスは1990年代を代表するファッションアイコンとなる。
Ad Campaign: Yves Saint Laurent
Issue: 1997
Title:
Photographer: Juergen Teller
Model: Kate Moss
Stylist:
Hair:
Make up:
Wikipedia - Juergen Teller
Wikipedia - ケイト・モス
the Fashion Spot - View Single Post - Jürgen Teller - Photographer
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